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2011年11月11日

将棋と○チャンネル





決して、○チャンネルを擁護するつもりはない。

記述の95%前後は、相変わらずどうしようもないもの
ばかりだ。


だが、残りの5%前後は、意外と役に立つこともある。

これらは、日本の文化の一部として、残る価値がないとも
言えない。


例えば、数千年後や数百万年後の歴史学者が、これらを
偶然発見した時に、トイレの便所の落書き程度と判断する
のか、それとも歴史的大発見として、重要な人類の遺産と
判断するのか、大変興味深い。


私がブログを残すのも、実は、そういう願いもある。

多少は、将棋というものを伝えられればと思って、
書いている。


その頃には、地球人はいなくなっているかもしれないが・・・。





posted by むとせ at 10:06| 将棋と○○○○ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月21日

将棋と勇気A【男は度胸、女は愛嬌。】

第2回目は、月曜日以降のお楽しみということで、宜しく。
posted by むとせ at 22:21| 将棋と○○○○ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月19日

将棋と勇気@【男は度胸、女は愛嬌。】


生まれながらにして、勇気を持っている人はいない。

人、特に男は、いつ勇気を身に付けるのだろうか?


昔、ある部下が、私に言ってきた。

「私は、本当に臆病で困っているんですよ。」


「それで、いいんじゃない。みんなそんなものだよ。」
と、その時私は、彼を傷つけないように適当に答えておいた。


だが、その彼は確かに、
私から見てもいつも少しおどおどしている様には見えた。

毎度自信なさそうに話をし、声が小さくもごもごしている。

さらに、目が何かに怯えているように見える。


そんな彼には、不思議なところがあった。

彼は、レンタル店で平気で○Vを借りられると言うのだ。

私は、今まで一度もそんなことをしたことがない。

普通の男は、恥ずかしくて借りられないと思うが・・・。

私には、そんな勇気はない。

全くない。

ゼロだ。


ここまで書いて考えてしまった。

『「勇気」とは、何ぞや?』、と。


私には、○Vを借りる勇気がない。

でも、いつもおどおどしている彼にはそれがある。


彼は、羞恥心が劣っているのだろうか?

それとも、一時的に羞恥心が○欲を勝り、
勇気が湧いてくるのだろうか?


ここで、勇気の類語・縁語を調べてみた。

度胸、胆力、肝っ玉、肝(キモ)、度量、男らしさ、意気、

気概、男気、蛮勇、・・・」

調べ始めたら切りがない。


だが、これらの言葉を連想しているうちに、
だんだんわかってきた。


【続く】

posted by むとせ at 20:54| 将棋と○○○○ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月18日

将棋と5%の勝ち組

昔の将棋人口は、ルールだけを知ってる人を含めると、
1000万人はいると言われていた。

その内の5%、つまり、50万人が初段になり、
さらにその5%、2.5万人が高段者になっていた
のではなかろうか?

手元に統計があるわけではないが、
大体そんなものだろう。
(この場合、ペーパー有段者は除く。
また、免状の有無は問わない。)


今、仮に上の数字が500万人だとすると、
12500人が高段者ということになる。

当ブログは、その5%×5%(=0.25%)、すなわち、
将棋のルールを覚えた400人に1人を目指していることになる。


大雑把な数字ではあるが、自分たちの目指しているところが
おわかりいただけただろうか???


しかし、実際は、現代の昇段規定が極めて甘いので、
もっと多いから安心していただきたい。

初段100人から、5人しか3段以上になれない、
ということはないはずだ。

もしもそういう道場があったら、
むしろ立派だと誉めてあげたいものだ。


補足だが、ルールを知っている者からしたら、
初段の者は勝ち組である。

また、初段の者からしたら、やはり高段者は勝ち組である。

そういう風に理解していただきたい。


posted by むとせ at 21:35| 将棋と○○○○ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月17日

将棋と我武者羅A ねずみのDNA

昔、どこかの大学でねずみの実験があった。

あるねずみ(A)に迷路を通らせ、
入り口から出口までのタイムを計る実験だった。

その子ねずみ(B)と孫ねずみ(C)にも、同じ実験やった。

その結果、どういうことになったか、
皆さん想像できるだろうか?

答えを見る前に少しだけ、考えていただきたい。












答えは、AよりB、BよりCの方が、
圧倒的にタイムが速かったのである。

つまり、子孫ほどタイムが速くなったのだ。


こういう話を聞くと、体が震える。


ねずみ同士(親子間)では、その迷路について、
人間のように教えることは絶対にできない。

つまり、遺伝子(DNA)に、親ねずみたちの学習が
刻み込まれたとしか考えられないのだ。

迷路そのものが刻み込まれたのではなく、
脳における学習が刻み込まれたのである。


驚異的な能力だと思わずにはいられない。


なぜ、ねずみの話をしたのかというと、我々人類は、
遡ると、祖先がねずみの親戚にあたるからだ。

ちょうど恐竜時代の哺乳類が、それである。


私達は、ねずみよりずっと優秀である。

ねずみレベルでさえ、短期間であれだけ進化する。

私達人類はもっとすごいはずだ。

過去のご先祖様たちから、もっと驚異的な何かを
受け継いでいるはずある。


例えば、右脳の能力など、まだまだ未開発のままだろう。

そういうものを引き出すためには、
やはり我武者羅に頑張るしかない。


我武者羅に頑張って、精一杯努力して、
自分自身のすべてを出し切って、
あの世にいきたいものである。


その対象は、仕事でもいいし、
趣味の将棋でもいいと思う。

大好きなことで、寝食を忘れて熱中できるものが、
1番いいだろう。


私は、仕事も我武者羅に頑張ったし、
趣味の将棋でも我武者羅に練習した。

だから、どちらもそれなりの結果を出すことができた。


我武者羅(がむしゃら)」、
日本人は良い言葉を作り出す。

日本人は、言語の天才の人種だろう。

これについても、別の機会に書きたい。

posted by むとせ at 00:04| 将棋と○○○○ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする